いわて花巻名物 わんこそばの由来

いわて花巻に伝わるわんこそばの由来は、約四百年も歴史をさかのぼります。 南部家第27代当主・南部利直公が江戸に向う際に花巻城に泊まられた折、名産のそばを秀平塗りのおわんに、上品に一口分だけつけて差し上げたところ、美味い美味しいと何杯もお代わりをされました。それが評判を呼び「わんこそば」と称され親しまれるようになったと伝えられております。

初期の末広町かじや旧店舗前。
大会の前宣伝もすべて手づくり。

わんこそば全日本大会の歴史

今や全国的に有名になった「わんこそば全日本大会」。
実は当店かじやが発祥の地!記念すべき第一回大会は、昭和32年12月8日に当店かじや(末広町時代の旧店舗)で開催されました。
もともとは花巻の町おこしのため、当時の店主(かじや四代目佐々木喜太郎)が地元の仲間とともに、花巻名物のわんこそばで催し物をしようと知恵を絞り、ゼロから手探りで創りあげたのが始まり。やるからにはただの早食い・大食い大会ではつまらないと趣向を凝らし、当時人気だった「相撲」になぞらえ「わんこそば相撲冬場所」と銘打って開催されました。食べる選手を”力士”ならぬ”食士”と呼び、’満腹山’などの四股名を書いた前掛をかけて、競技を取り仕切るのはもちろん行司。食べた記録によって”横綱”や”大関”といった番付を付けて表彰しました。
現在でもわんこそばをたくさん食べた方を横綱や大関と呼ぶのはこれが由来です。

わんこそば全日本大会競技風景。
行司は四代目佐藤忠明さん。

「わんこそば相撲冬場所」は、内容のユニークさもあって年々好評を博し、食士・観客が増えるにしたがい会場もかじや店舗から花巻デパート、中央公民館、市民体育館へと拡大していき、現在は花巻市文化会館大ホールで毎年2月11日(建国記念日)に開催されています。大会名も「わんこそば全日本大会」と進化し、いわて花巻の全国に誇る一大イベントにまでなりました。
現在のわんこそば全日本大会は「3~5分間で何杯食べられるか」を競うもので、小学生の部・団体の部・個人の部の三部門に分かれ、全国から、ときには海外から集まる胃袋自慢たちがしのぎを削っております。

2月11日はわんこそば記念日

いわて花巻名物わんこそば、そしてわんこそば全日本大会の長い歴史と実績が認められ、2015年に、2月11日がわんこそば記念日として日本記念日協会に認定されました。

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